環境と健康


ヒトの一生において、健康の維持こそが充実した人生を送るための第一歩であるのは言うまでもありません。

健康の維持において、食を含む日常の生活環境がもたらす影響が大きい事も、論を待たないところです。

環境がヒトに及ぼす影響について考えるとき、ヒトそのものについての知識や認識に欠けていると、

環境がどのようにヒトに影響するか、正しく知る事ができません。

食の機能性について語るとき、ヒトと環境の両方について詳しく知る必要があります。

ヒトの進化と環境


進化論的な時間軸で考えた場合、

ヒトの歴史は農業以前の時代の方が圧倒的に長かったわけですから、

基本的にヒトの体は

狩猟採集時代に適合した作りを未だに保っていると考えられています。

同時に、ヒトとなる前は「お猿さん」だったのですから、

ヒトの体は「お猿さん」だった時代の作りも引き継いでいるわけです。

例えば多くの哺乳類はビタミンCを自ら合成できますが、

ヒトやチンパンジー、ゴリラなどは合成できません。

ビタミンCは生存に必須の栄養素ですので、

ヒトが生きるためにはこれを食べ物から得る必要があります。

 

ヒトを含む類人猿がビタミンCを合成できない理由は、

これらに共通の先祖が樹上生活を送り、

樹上の果物を主食としていた期間が長かったためであると考えられています。

すなわち、果実にはビタミンCが豊富に含まれていますので、

たまたまビタミンC合成能を失った個体が生まれても果実食を続ける限り死ぬ事はなく、

子孫を残す事ができます。

長い間にその個体の遺伝子が群れ全体に拡散し、

最後には種全体がビタミンC合成能を失った、と考えられます。

 

同じようにビタミンCの合成ができない動物には、

果実を主食とする大型コウモリのフルーツバットなどがおります。

環境は個体の遺伝子のスイッチをオン~オフする事はできますが、

個体の遺伝子そのものを操作し、

次の世代に反映させる事はできません。

けれども進化論的な時間軸で眺めると、

適者生存のメカニズムが働く結果、

その環境に適した個体の遺伝子が相対的に優勢となります。

ビタミンCの例で見られる如く、

生存に必要では無くなった遺伝子がガラクタとなり、

種全体に拡散してしまう事もあるのです。

 

食を含む環境への依存により、生存に必須の遺伝子すら

大きく変質を遂げる可能性を示す良い見本です。

ヒトは雑食動物


ヒトの先祖はその後、

ジャングル時代からサバンナの時代を経た後にアフリカを出て、

長い時間をかけて世界中に広がり、北極圏や砂漠、

海洋地域などの様々な環境に拡散~適合して行きました。

その途次において、

その土地その土地に特有の肉や魚、穀物を含む

様々な種類の食物に適応するようになったと考えられます。

 

ヒトの体の機能~構造とヒトの食生活との間には、

密接な関連があります。

ヒトは馬や牛のような草食動物ではありませんし、

虎やライオンのような肉食動物でもありません。

肉も野菜も食べ、消化吸収する事のできる雑食性の動物です。

ヒトの消化酵素の種類や歯並びなどからも、

ヒトは長きにわたって雑食性を維持してきた事が裏付けられます。

ヒトは雑食動物であるが故に、世界中隈無く生活範囲を広げ、

現在のような繁栄を築く事ができたといっても過言ではありません。

 

馬や牛などの純粋な草食動物は、草だけ食べていても

あのように筋肉隆々とした大きな体を形作る事ができますが、

それは彼らの消化管の構造と機能によるものです。

牛や羊などは胃を4つも持っており、それぞれに役割があります。

1番目の胃の中には数多くの種類の微生物が寄生しており、

これらの微生物が草の繊維であるセルロースを消化します。

その結果生じた酪酸や酢酸、プロピオン酸などの短鎖脂肪酸は

そのまま胃壁から吸収され、エネルギー源として利用されます。

また、このようにして増えた微生物を他の微生物が食べ、

増殖しますが、

そのように増殖した微生物そのものを

4番目の胃に到るまでに消化し、

生じたアミノ酸などの栄養素を長い小腸から吸収して、

自身の体作りに利用します。

 

自然界のトラやライオンなどの肉食獣は

毎日餌にありつけるわけではありませんので、捕らえた獲物は一気にたらふく食べる傾向にあります。

その後に強力なタンパク分解酵素によって一気に肉を分解~吸収しますので、消化管も短く、単純な作りになっています。

ヒトを含む雑食動物は、丁度その中間です。もちろん胃は一つしかありません。

 

ヒトを含む霊長類はビタミンCを体内で合成できないので、ヒトにとって果物や野菜の摂取は必須です。

一方で、ヒトは草食動物のように草のみを食べてタンパク質を作り出す事はできないので、他の形でタンパク質を摂取する必要があります。

アミノ酸スコアの見地からいうと、動物由来のタンパクは植物由来のそれよりも明らかに優れているので、魚や動物の肉を食べるのが効率的です。

仏教伝来以降の日本人は基本的に動物肉を忌避した人々ですが、大豆と魚食があって始めて日本文化は成り立つ事ができたと思われます。

 

リノール酸やリノレン酸、あるいはエイコサペンタテン酸やドコサヘキサエン酸などは体の中で合成する事ができない必須脂肪酸と呼ばれる物質で、

菜種、ゴマ、大豆、エゴマ、青魚などに多く含まれます。

これらの油に富んだ食物も、食の必須アイテムに加えられます。

 

動物番組などでしばしば目にする光景ですが、象や鹿などが、ある特定の場所の岩や泥を舐めに集まる場面があります。

そのような岩や泥には、体に必須の微量元素が含まれていると考えられています。

最近、シカが鉄道のレールを舐めに集まるため、地方の鉄道会社で問題化しているとの報道が日本でありました。

もちろんレールの「鉄分」が目当てです。

 

現代の食卓塩はほぼ純粋なNaClの結晶ですが、昔の塩にはNaCl以外の様々な必須微量元素が含まれていました。

そのため、昔ながらの塩は現代の食卓塩よりも健康に悪影響を及ぼさない、との見方もあるようです。

武田信玄と上杉謙信の故事を紐解くまでもなく、海から遠く隔たった信州などの内陸の人々にとって、

「塩の道」は生活に必須の物流の動脈路でした。「塩尻」という地名が多いのも、長野の特徴です。