ガン予防機能
発ガンのメカニズム
ガンは遺伝子異常が引き金となって生じる病です。
従いまして、遺伝子異常を引き起こすものは全て発ガンの潜在因子となります。
これらの因子には、放射線や紫外線のような電磁波、ベンゾピレンやヘテロサイクリックアミンのような化学物質、ある種のウイルスなどがあります。
アスベストやピロリ菌などもまた、発ガン因子の一つです。
これらは全て外来の発ガン因子ですが、ヒトはそもそも内在性の発ガン因子、あるいはメカニズムを有しています。
酸素呼吸によってヒトの体内には必然的に活性酸素が発生しますが、活性酸素は遺伝子に傷を与える事によってガンを誘発します。
ヒトは呼吸を止めるわけにはいかないので、仮に外来の発ガン因子を全て排除したとしても、ガンから完全に逃れられる事はできません。
しかしながら、内在の発ガン因子を排除する事はできない一方で、外来の発ガン因子ならばある程度は排除できるはずです。
遺伝子に損傷を与えて細胞の変異を引き起こす物質を、
発ガン誘発因子、あるいはイニシエーターと呼びます。
誘発因子は遺伝子を構成する物質であるDNAに対して
無秩序に損傷を与えますが、
DNAに傷が付いたら必ずその細胞がガン化する、
というわけではありません。
DNAには生存に不必要な箇所も多いので、
そのような部位に変化が生じても細胞がガン化する事はありません。
細胞がガン化するためには、細胞の複製をコントロールする
重要な役割を担っている遺伝子が損傷を受ける必要があります。
また、このような重要な役割を担っている遺伝子が損傷を受けても、
多くの場合はDNA修復メカニズムが働いて傷が修復されますので、
細胞は簡単にはガン化する事はありません。
しかしながら、何らかの事情で修復メカニズムが働かない場合、
あるいは、
修復メカニズムを司る遺伝子そのものが損傷を受けた場合などには、
重要遺伝子の損傷が不可逆的に固定し、
ガン化の始めの一歩が生じます。
発ガン因子の中には、このような誘発因子の働きを助けるものも存在します。
例えば、強いお酒を飲むとエタノールの作用によって口から食道~胃に至る粘膜が損傷を受けますが、そのとき同時にタバコなどを吸うと、
タバコの発ガン誘発因子がエタノールによって荒れた箇所から粘膜細胞に進入し安くなります。
その結果、食道粘膜細胞の遺伝子が損傷を受け、食道ガンの原因となります。
このような、誘発因子の働きを補助する役割を果たす発ガン因子の事を、発ガン促進因子、プロモーターと呼びます。
アルコールの他に、食塩、鉄などの金属元素、
性ホルモンや脂肪などがプロモーターとして働きます。
一見して分かる通り、
これらの多くは生体にとって必須、あるいはありきたりの物質です。
つまり、これらは適度な量であれば問題は無いが、
長期的かつ過剰に摂取~発現すると、
プロモーターとして働いてしまう可能性がある事を意味します。
また、既に一旦ガン化した細胞が
そのまま継続的に誘発因子や過剰な促進因子に曝されると、
正常に働いているその他の遺伝子がさらに変異し、
増悪度を増すような性質が細胞に与えられて、
悪性度の高いガン細胞に変化していく可能性が高くなります。
その結果、ガン細胞の増殖速度が一段と高まったり、
他の組織への浸潤~転移能力が強くなったりして、
最終的に致命的な段階にまで到達してしまいます。
このように、細胞は何段階にもわたる遺伝子変異の段階を経て、
悪性度の高いガンになっていきます。
誘発因子と促進因子の働きで最終的に細胞はガン化しますが、
ガンが自然消滅する場合もあります。
ガン細胞が自然消滅するケースとしては、
免疫細胞によるガン細胞の排除機構が考えられます。
ヒトの免疫システムは、外来の病原菌だけでなくガン細胞などの内来の異物を排除する能力があります。
組織移植手術などを受けて免疫抑制剤などを投与されているヒトや、
エイズを発症して免疫不全に陥ったヒトなどはある種のガンにかかりやすくなるという事実からも、
ガン抑制における免疫システムの重要性は明らかです。
従いまして、免疫システムの恒常性の維持は、発ガン抑制においても大変重要です。
タバコ、アルコールとガン
ヒトの外来性発ガン因子の最大のものがタバコです。
次にアルコール、その次にその他の食物に由来する物質、と考えられています。
多くの疫学調査や研究結果から、肺ガンを始めとする多くのガンの原因の一つにタバコが深く関与している可能性が強く指摘されています。
タバコの煙の中にはベンゾピレンを始めとする多くの発ガン物質が存在します。
フィルターの性能向上に伴って、タール分の多くが除去されるようになりましたが、
フィルターを通らずに出てくる、いわゆる副流煙の問題は解決されていません。
副流煙は吸っている本人以外のヒトが迷惑を被るのみならず、
フィルターを通らない分だけ発ガン性が高いと考えられています。
タバコがやっかいな点は、その依存性にあります。
タバコの依存性を引き起こす物質がニコチンですが、ニコチンそのものには発ガン性はありません。
しかしながら、
タバコには依存性を引き起こすニコチンとベンゾピレンのような強力な発ガン物質とが共存していますので、
体に悪いとは知りながらも止める事ができない、という悪循環に陥ってしまいます。
アルコール(エタノール)そのものには一義的にガンを誘発する性質は無く、促進因子の働きが強いと考えられています。
しかしながら、過剰なアルコールの摂取そのものがガン化を促す事も報告されています。
アルコールが有する発ガン性は、大きく二つに分ける事ができます。
一つは、アルコールの作用によって口腔~食道の粘膜が損傷を受け、そこから発ガン物質が進入する発ガン促進作用、
もう一つは、アルコールが組織で代謝を受けるときに発生するアセトアルデヒドによる発ガン誘発作用によるものです。
エタノールは酵素によってアセトアルデヒドに転換された後、さらに別の酵素によって最終的には無害な酢酸と水に変化します。
このときに働くアセトアルデヒド脱水素酵素の作用が弱いヒトは、必然的にアセトアルデヒドが体内に滞留する時間が長くなります。
そうなりますと、アセトアルデヒドの発ガン誘発作用が長引く事になりますので、このようなヒトは発ガンの確率が高まります。
アセトアルデヒドの発ガン誘発メカニズムは必ずしも明らかではありませんが、
日本人にはアセトアルデヒド脱水素酵素の作用が弱い遺伝子を持っているヒトの割合が多いため、
欧米人に比べてアルコールによる発ガン作用がより強く生じると考えられています。
お酒を飲んだときには顔が赤くなりますが、これはアセトアルデヒドの作用です。
お酒を少量飲んで顔がすぐに真っ赤になるヒトは
アセトアルデヒド脱水素酵素の作用が弱い遺伝子を持っている可能性がありますので、
要注意です。
因みに、アセトアルデヒド脱水素酵素を全く持っていないヒトもおります。
そのようなヒトはそもそもお酒を全く受け付けませんので、
ある意味お酒の害には無縁であるという事ができます。
アルコールに対する耐性はある程度鍛える事は可能ですが、
無理して鍛える必要はないと思います。
ましてや学生の「一気飲み」などは論外です。
お酒とタバコの組み合わせは最悪です。
特にウイスキーや焼酎のようなアルコール度数の強いお酒を飲みながら
タバコを吹かしておりますと、
アルコールによって荒れた粘膜からタバコの発ガン物質が容易に進入しますので、
口腔~咽頭から食道にかけて発生するガンへの非常に強い危険因子となってしまいます。
このとき、お酒によって顔が赤くなるタイプが組み合わさると
食道粘膜に対するアセトアルデヒドの毒性が強く出て、
危険性が一層増す事になります。
食肉とガン
食生活パターンが変化すると病気の種類も変わってくる事は、
今では当たり前と考えられています。
ガンの場合、
高度経済成長前の日本人には胃ガンが大変多かったのですが、
経済が成長し、個人所得が増えるにつれて、
胃ガンが減少すると同時に大腸ガンが増えてきました。
その原因の一つとして、
伝統的な日本食から欧米風の食生活への変化が
考えられています。
これと同じ現象が、
ハワイへ移住した日系一世とその後の二世三世の
発ガンパターンにも見られます。
日本食に固執する日系一世には
相変わらず胃ガンが多かった一方で、
二世三世ともなりますと、
ハワイの白人と同じかあるいはそれ以上に、胃ガンが減った代わりに大腸ガンが増えてしまいました。
胃ガンの主たる素因としてはピロリ菌の保菌があげられますが、食事中の塩分も大きな促進因子と考えられています。
食塩中の過剰なナトリウムイオンによって胃粘膜が荒らされ、そこから発ガン物質が進入するパターンが考えられます。
昔の日本食に限らず、冷蔵庫が一般化するまでは欧米でも食品の保存法としては塩蔵が多かったので、
日本と同様に胃ガンの発生率は高かったのです。
米国は世界に先駆けて冷蔵庫が普及したため、これに反比例する形で胃ガンの発生率が低下しました。
しかしながら冷蔵庫の普及は所得の向上を意味しますので、食生活に肉類が登場する機会も増えます。
これに伴って、米国では大腸ガンや前立腺ガン、乳ガンなどが増加して来ました。
このような疫学的見地から、これらのガンと肉食との相関に関心が集まるようになりました。
食肉の何が怪しいのか
1970年代、カリフォルニア大学のエームズ博士が考えた試験法(エームズテスト)を用いて、様々な食品や食材の変異原性が調べられました。
変異原性とは、細胞の遺伝子に何らかの作用を及ぼす事によって細胞の表現形質に変化を与える性質の事です。
これまで述べてきた「発ガン誘発作用」とほぼ同義です。
1970年代から90年代にかけて、日本の国立がんセンターの研究チームがエームズテストを用いて精力的に仕事をした結果、
焼き肉や焼き魚の焦げの部分に微量ながらも非常に強力な変異原物質が存在する事が分かり、物質の構造決定に成功しました。
これら一連の物質をヘテロサイクリックアミン(HCA)、日本語で複素環式アミンと呼びます。
HCAは肉や魚などのタンパク質が豊富な食材を焦げ目が付くほどに高熱で調理した場合に生じる物質で、
でんぷんが主体の米飯などのお焦げには存在しません。
また、肉や魚の焦げの部分そのものだけでなく、高熱調理した場合に発生する煙や肉汁などからも検出される物質です。
即ち、焦げ目が付くほどに加熱すると発生する物質ですので、必ずしも「焦げ」の部分だけ取り除けば安全というものではありません。
HCAには色々な種類がありますが、食肉の種類によって検出されるHCAの種類が異なる事が報告されています。
中でも牛肉や豚肉などの赤身肉を直火などの高熱で調理した場合に生じるMeIQxと呼ばれるHCAは極めて変異原性が強く、
検出量も他のHCAと比べて比較的高いので、要注意です。
HCAの変異原性はエームズテストで証明されていますが、これをマウスやラットなどの実験動物に与えた場合、
実際に各種のガンが発生する事が証明されています。
一方で焼き肉や焼き魚から検出されるHCAの絶対量は非常に少なく、実験動物にガンができる量のHCAをヒトが摂るには
莫大な量の焼き肉や焼き魚を毎日食べなくてはならないという計算結果もありますので、HCAの発ガン性を疑う向きもあります。
しかしながら、HCAはそのままでは発ガン性は無く、
摂取後に肝臓や大腸などの組織の解毒酵素によって初めて発ガン物質に変換されるという性質を持っているため、
酵素の種類が僅かに異なるだけで発ガン性が大きく変化します。
HCAを発ガン物質に変える酵素は動物の種類によって異なりますので、
同じHCAを与えても動物の種類によってガンの強度や発ガン部位などが大きく異なり、中には全くガンを作らない動物種もいます。
従いまして、動物実験の結果をそのままヒトに当てはめるのは大変危険です。
一方で、HCAは肉や魚を高熱で調理した場合に発生する発ガン物質ですので、刺身などからは全く検出されません。
しゃぶしゃぶやシチュー、煮魚などからも殆ど検出されませんので、肉や魚を多めに食べたとしても、
調理法を工夫すれば避ける事のできる物質です。
焼き肉 しゃぶしゃぶ
食物中のその他の発ガン物質
焼き肉や焼き魚から検出されるHCAの他にも、
各種食品から様々な発ガン物質が見つかっています。
代表的なものにベンゾピレンがあります。
これはタバコの項でも出てきましたが、
炭化水素化合物を高熱処理すると発生する
非常に強力な発ガン物質です。
焼き肉や焼き魚を高熱調理すると生じるHCAは
タンパクなどのアミノ酸化合物から発生しますが、
ベンゾピレンはアミノ酸を持たない有機化合物からも生じます。
従いまして、木くずの燃焼などからも発生する可能性がありますので、
燻製肉の長期にわたる過食は要注意です。
2015年10月、国際がん研究機関であるIARCは
ハムやソーセージなどの加工肉の発ガンレベルを引き上げましたが、
これは伝統的~本格的に作製されたハム・ソーセージを指すもので、魚肉ソーセージなどは全く別物です。
本格造りのハム・ソーセージには燻蒸工程が必須ですので、IARCはこの点に注意を喚起した、という事です。
そもそも環境中のある種の物質への暴露が発ガンを促すのでは?
という疑問は、
18世紀のロンドンでの煙突掃除人の間に高い確率で見られた
陰嚢ガンと煙突のススとの関係から生まれたものです。
その後、日本の研究者がウサギの耳にタールを繰り返し塗る事で
実験的にガンを作り出す事に世界で初めて成功して以来、
有機化合物を高温で処理する事によって発ガン性のある物質が、
たとえ極微量ではあっても、
発生する事は間違いのない事であると見なされるようになりました。
従いまして、
基本的に、食品を加工する際も、
できうる限り、
直火による調理や燻蒸を避けた方が無難であると思われます。
カビの中には、アフラトキシンと呼ばれる
非常に強力な発ガン物質を生産する種類があります。
特に、ピーナッツなどを
劣悪な管理状態で長期間保管していた場合などに発生し、
高い確率で肝臓ガンなどを引き起こします。
日常的にはカビが生えた食物を食べる事は殆ど無いと思いますが、
輸入品の中には
輸出国での管理体制に疑問があるもの無きにしもあらずですので、
要注意です。
因みに、日本の醸造業で使われている麹菌もカビの仲間ですが、
これはアフラトキシンを全く生産しない事が証明されています。
和食の「だし」の元として無くてはならないものの一つが、鰹節です。
鰹節の生産工程にも燻蒸工程が必須ですので、
EUはこの点を問題視し、つい先頃まで日本からの鰹節の輸入を禁止しておりました。
しかしながら、近年の和食ブームに加えて安全性が伝統的に担保されてきた点などを考慮に入れ、2015年に輸入解禁となりました。
鰹節を作るときにはEurotium harbariorumという種類のカビが使われますが、
この菌もアフラトキシンを産生しません。
それどころか、鰹節のカビ付け工程において、この菌が産生するflavoglaucin とisodihydroauroglaucinと呼ばれる物質が
抗ガン作用を有している事が、最近報告されました。
EUによる鰹節の輸入解禁の理由の一つなのかも知れません。
ハム、ソーセージや魚卵製品には、色づけやボツリヌス菌予防のために亜硝酸塩が添加される場合がありますが、
これの発ガン性も指摘されています。
亜硝酸塩が胃液の低pHの条件で肉タンパクを構成するアミン化合物と化学反応を起こし、
ニトロソアミンと呼ばれる発ガン物質に変化する可能性が考えられます。
また、亜硝酸塩は野菜の漬け物などからも検出されますが、これは野菜中の硝酸塩が細菌の働きで亜硝酸塩に転換されるためです。
一方で、亜硝酸のニトロソアミンへの転換はビタミンCの存在によって防止できるとの報告もありますので、
市販の野菜漬けには添加物としてビタミンCを加えてあるものも多いようです。
さらに、亜硝酸塩の元になる硝酸塩そのものが多くの野菜や穀物に比較的豊富に含まれていますので、
ハム、ソーセージなどに添加される程度の亜硝酸塩量が本当に発ガンにつながるのか、疑問を投げかける向きもあります。
硝酸塩が本当に発ガンに関与しているのかどうか、現時点では論争中であると言うべきでしょう。
抗ガン機能を持つ食物成分
ベンゾピレンやHCAなどの食物中の発ガン物質の多くはそのままでは発ガン性は無く、
吸収後に肝臓などの組織で解毒酵素による代謝を受け、発ガン物質に変化します。
解毒酵素は、その名前が示すように、本来は体内に入ってきた毒物を無毒化するための酵素です。
しかしながら残念なことに、環境中の無数の化合物の全てを無害化する事は出来ず、
時には無害の化合物を毒物に代謝してしまう事もあるのです。
これら解毒酵素によって活性化した発ガン物質はその後に細胞のDNAに共有結合しますが、
この結合力は強いので、DNAはなかなか振り解く事ができません。
このようにDNAと発ガン物質が結合したものを付加体と呼びます。
付加体が遺伝子部位に形成されると、遺伝子は複製時にミスを生じる確率が高くなります。
その遺伝子がガン化に関連するような遺伝子であれば、細胞のガン化を誘発する事となります。
このような、DNAに直接的に作用して変異を起こす物質の事をイニシエーター、日本語で発ガン誘発因子と呼びます。
一方で、食物中に発ガン物質があるならば、食物中に抗ガン物質があってもおかしくありません。
解毒酵素の働きに影響を及ぼす事によって発ガン物質の生成を抑制する物質が、多くの野菜に見いだされています。
また、発酵系食品やキノコ類は免疫系を強化する事によって、食物繊維は発ガン物質を吸収する事によって、
そしてビタミン類などの抗酸化物質は活性酸素消去作用によって、発ガン抑制に働く可能性が指摘されています。
フラボノイドとイソチオシアネート
主に肝臓などに存在する解毒酵素群は、第一相解毒酵素群と第二相解毒酵素群に分ける事ができます。
第一相解毒酵素の代表がチトクロームP450と呼ばれる酵素で、
主な働きは化合物を酸化し、水酸基(OH)などを付加する事によって水相に溶けやすい形にして、腎臓からの排泄を高める働きをします。
第二相の解毒酵素群は、第一相で代謝を受けた化合物にグルクロン酸などの物質を結合させ(抱合)、
さらなる極性(水相に溶けやすい事)を与えて、より排泄されやすい形にする働きをします。
ベンゾピレンやHCAなど、多くの食物由来の発ガン物質は食物中では前ガン物質として存在し、
吸収後に第一相の解毒酵素によって代謝されて発ガン性が生じます。
従いまして、第一相の解毒酵素群の働きを抑えると同時に第二相の解毒酵素群の働きを高める事ができれば、
食物由来の発ガン因子を効率的に排除できるはずです
ある種の野菜やお茶などが発ガン予防に良いといわれる理由の一つに、それらに含まれる抗ガン物質の存在が挙げられます。
これらの物質は、あるものは第一相の解毒酵素群の働きを抑えて前ガン物質から発ガン物質へ変化する過程を抑制し、
あるものは第二相の酵素群に働きかけて発ガン物質の排泄を促します。
第一相解毒酵素群を抑制する食物由来の物質としては、野菜に多く含まれるケルセチンやお茶のカテキンなどのフラボノイド類があげられます。
第二相解毒酵素群を活性化するものとしては、ブロッコリーに多く含まれるイソチオシアネート類があげられます。
食物繊維
食物繊維の抗ガン作用は、
消化管に入ってきた発ガン物質を繊維で絡め取り、糞便塊を形成する事によって発ガン物質を糞便と共に排泄するためと考えられています。
そもそも「食物繊維」と一言で括られていますが、食物繊維には色々な種類があります。
大きく分けて水溶性のものと不溶性のものに分ける事ができますが、
一般的に食物繊維といえば、綿のセルロースのような水に溶けない成分を思い浮かべると思います。
ゴボウやキャベツなど、食物繊維が豊富な野菜に含まれる繊維分は、その大部分がセルロースに代表される不溶性繊維です。
一方で、例えばリンゴに多く含まれるペクチンなどの食物繊維は水溶性の食物繊維です。
寒天を構成するアガロースやコンニャクの成分であるマンナンなども、水溶性食物繊維に分類されます。
これらの水溶性の食物繊維は消化管内で物質を吸収する作用がありますので、発ガン物質の吸着による排除が期待されます。
また、オリゴ糖や難消化性デンプンの摂取がビフィズス菌や酪酸菌などの腸内細菌を活性化し、大腸ガン予防に働く可能性が指摘されています。
オリゴ糖や難消化性デンプンはヒトの消化酵素では消化されづらく、多くがそのまま小腸下部~大腸へ到達します。
ビフィズス菌はこれらを利用して代謝を行い、プロピオン酸、酢酸、乳酸などの短鎖脂肪酸を産生します。
これらの短鎖脂肪酸が消化管粘膜環境の健常性を維持する事により、炎症反応を抑え、発ガンを予防すると考えられています。
腸内細菌の中には、オリゴ糖や難消化性デンプンを利用して酪酸を産生する菌がいます。
酪酸産生菌によって作られた酪酸は粘膜上皮細胞のエネルギー源として使われ、粘膜の健常性の維持に貢献するだけでなく、
試験管上の実験では、直接にガン細胞にアポトーシスを引き起こす事が分かっています。
抗酸化物質
食物の中でも特に野菜や果物類にはビタミンCに代表される抗酸化物質が多く含まれていますが、
これらの抗酸化物質も発ガンの抑制に働くと考えられます。
細胞が強い紫外線を浴びると活性酸素が生じ、
様々な害を及ぼします。
日の光を浴びて育つ野菜や果物ですが、
同時に紫外線から身を守らなくてはなりません。
野菜や果物にはビタミンCやビタミンEなどの抗酸化ビタミンの他に、
βカロテンやリコペン、キサントフィル、アントシアニンなどの
ポリフェノール類が含まれます。
これらのポリフェノール類の多くが色素で、
果物を紫外線による活性酸素の害から守っていると
考えられています。
サケの切り身の赤い色は
アスタキサンチンと呼ばれるポリフェノールですが、
これも同様に強力な抗酸化能を有しています。
活性酸素はDNAに直接的な損傷を与える事により発ガン誘発因子として働きますので、
過剰な紫外線への暴露を避ける事はガン化阻止に働きます。
ビタミンCやビタミンE、ポリフェノール類は活性酸素を消去する作用がありますので、
これらを摂取する事によって結果的にDNA損傷を防ぎ、ガン化を防止する事が、少なくとも理論的には期待されます。
また、コーヒーに含まれるクロロゲン酸や、
焙煎時に生じる褐色色素であるメラノイジンなどにも
強力な抗酸化能や抗変異原性が報告されています。
コーヒーには微量ながらアクリルアミドが検出され、
エームズテストなどでは変異原性も指摘されますので、
以前は
コーヒーを飲み過ぎるとガンになるといわれた時期もありましたが、
最近ではコーヒーはむしろ発ガン抑制作用を持つ飲料であると
認識されるようになりました。
しかしながら、これらの抗酸化物質の過剰な長期摂取が、
逆にガン化を促進する可能性が近年指摘されています。
βカロテンによる大規模な介入試験の結果、
期待に反して肺ガンの死亡率が高まってしまったという
有名な事例があります。
抗酸化物質は「諸刃の剣」の側面がありますので、摂れば摂るほど良いのでは無く、適量を上手く摂る事が重要です。
2015年、
強力な抗酸化能を有する8-ヒドロキシダイゼイン(8-hydroxydaidzein)が大豆麹乳酸菌発酵液に高濃度に含まれている事が
分かりました。
8-ヒドロキシダイゼインの抗酸化力はビタミンCやビタミンEの抗酸化力と同程度に強力である事に加え、
ビタミンCは水相で、ビタミンEは油相でしか働く事ができない一方で、
大豆麹乳酸菌発酵液の8-ヒドロキシダイゼインは水相でも油相でも同じように働く事も分かってきました。
8-ヒドロキシダイゼインは、豆腐や豆乳、味噌などの大豆食品には殆ど見られない物質です。
乳酸菌とキノコ
マウスやラットなどの実験動物に発ガン物質を投与するとガンが生じますが、
このとき、餌に乳酸菌の菌体を混ぜておくとガン化が抑制される事が実験的に証明されています。
従いまして、乳酸菌もまた食物由来の抗ガン因子の候補の一つです。
乳酸菌による抗ガン作用には諸説あり、未だ確定的とはいえませんが、大きく分けて二つの作用によるものと考えられます。
一つは免疫賦活作用であり、他の一つは発ガン物質の吸着作用です。
乳酸菌の免疫賦活作用のメカニズムとしては、
乳酸菌菌体が腸管の免疫組織であるパイエル板から取り込まれ、腸管免疫系を刺激することによると考えられています。
引き続いて体全体の免疫系が活性化し、NK細胞に代表される「ガン細胞を攻撃する免疫細胞」も活性化します。
このような免疫賦活のメカニズムを通して発揮される乳酸菌の抗ガン作用は動物実験でも証明されていますが、
このとき、死菌でも生菌と全く同じようにガンを抑制する事も分かっています。
乳酸菌菌体と同じように免疫系を活性化してガン予防効果を発揮する事が期待される食物成分には、
キノコを熱水抽出して得られるβグリカンがあります。
一頃アガリクスが盛んに宣伝されましたが、シイタケなどにも同じような物質が見いだされます。
乳酸菌菌体中で免疫活性を持つ物質がペプチドグリカンですが、βグリカンもペプチドグリカンもどちらも多糖類の仲間です。
両者共に動物実験では明らかに発ガンを抑制する一方で、ヒトでの試験においては必ずしも明瞭な結果は得られていません。
しかしながら、食品由来の成分と薬物である抗ガン剤を同じような厳密性と期待度で扱う事には本質的な疑問が生じます。
乳酸菌にせよキノコ類にせよ、食する事によって免疫系を活性化する事が分かっていますし、
免疫系の活性化が発ガン予防に結びつく事も明らかですので、
これらを少量ずつでも日常の食習慣の中に組み込む事のメリットは大きいと思います。
免疫系の活性化による抗ガン作用の他に、乳酸菌は、その菌体にHCAなどの食物由来の発ガン物質を吸着し、
糞塊と共に消化管から排除する事によって発ガンを抑制する、というメカニズムも唱えられています。
しかしながら、喜源バイオジェニックス研究所では、
これとは全く違ったメカニズムで乳酸菌がHCAに対して抗ガン作用を及ぼす可能性を指摘しています。
このメカニズムに関しては、「研究結果」の項に詳しく書かれています。
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